荻須洋子さん
難病のこども支援団体理事
難病の子どもたちが集まる場所

荻須洋子さん(左)
山梨県白州のあおぞら共和国にて
ウィスキー作りで有名な山梨県白州にその施設がある。
近くを流れる神宮川の水は驚くほど澄み、八ヶ岳の上すれすれを雲が流れていく。
三千坪の広大な敷地に、木でできたロッジが五棟。
「あおぞら共和国」には、難病や障害をもつ子どもたちと、その家族がやってくる。
子どもたちは木々に囲まれた広場で遊び、
家族もまた、そのそばで静かな時間を過ごす。
子どもと関わる人生
荻須洋子さんは、この場所を運営する認定NPO法人難病のこども支援全国ネットワークの理事だ。
大学卒業後、小学校の教員として働いた。
子育てと両親の介護を終え、ようやく自分の時間ができたころ、子どもに関わるボランティアを始めた。
東京おもちゃ美術館で「おもちゃコンサルタント」の資格を取り、子どもたちと接するうちに、病児の支援にも関わるようになった。
難病の子どもと遊ぶということ
初めて病児支援のボランティアに行った日のことはいまでも忘れない。
「そのお子さんには手がなかったんです。おもちゃを用意していたのですが、手のないお子さんとどうやって遊べばいいのか、戸惑いました。」
けれど子どもはその心配をよそに、口にくわえたスプーンを使って楽しそうにおもちゃで遊びはじめた。
気がつけば、小一時間も遊んでいた。
荻須さんは、遊びのなかで子どもが思いがけない力を見せる場面を何度も見てきた。
「脳梗塞の後遺症で右手が動かなくなったお子さんがいました。二歳くらいでした。鈴を入れたペットボトルのおもちゃを転がしたら、動かないはずの右手をさっと出して掴んだんです。それを見たお母さんは、とても驚いていました。」
ベッドの上に寝たきりで、コミュニケーションを取ることが難しいお子さんの家にも通った。
反応がないので、自分のしていることに意味があるのか悩んだ。
その子のお母さんにそれとなく、私と遊ぶようになってどうですか、と聞いてみた。
「気づいていらっしゃらないかもしれないけれど、遊んでいるとき、この子は嬉しくて頬が少し赤らんでいるんです。」
「それに、この子、目を開けているでしょう。いつもはすぐ閉じてしまうんですよ。」

医療の外側にある時間
病気の治療は医療の役割だ。
けれど、子どもや家族が生きていく時間のすべてを、医療が支えることはできない。
診察室の外には、まだ名前のついていない時間がある。
遊ぶこと、笑うこと、ただ誰かと過ごすこと。
荻須さんは、ボランティアとはそうした時間にそっと寄り添う存在なのだと思うようになった。
難病の子どもたちの場所を守る
現在、荻須さんは月に一度か二度、自宅のある神奈川県から、白州のあおぞら共和国を訪れる。
現地で運営を担当する田中氏と連携しながら、病児とその家族が気兼ねなく自由な時間を過ごせる環境を守り続けている。
「私の役目は、もう少しだけ環境を整えて、次の世代にバトンタッチすることです。
このあおぞら共和国を立ち上げた小林さんが亡くなる直前、電話越しにこう言われたんです。
『荻須さん、あおぞら共和国を頼む。』」

文・吉川武志