髙橋美樹さん
医師(形成外科)
孫の運動会、どこかへの旅…
彼女が書くカルテには、患者と交わした雑談までが記録されている。医療とは関係のない話だ。だが彼女は、それを書きとめておく。次に会ったときのために。
なぜカルテに残してまで?私が聞くと、
「あなたの話を、ちゃんと聞いていますよ」
その事を伝えたいのだという。
小学生の頃にはもう、医者になると決めていた。
今に至るまで、それ以外の選択肢を想像したことがない。母親は彼女が幼い頃から、医療の道に進んでほしいと思っていたが、医者になれとは一度も言わなかった。
その代わりに、医療ドラマのERを一緒に見たり、国境なき医師団が取り上げられた新聞の切り抜きを渡したりした。それが効果を発揮したのだろうと彼女は笑った。ただ、レールを敷かれたとか、進路を強いられたとか、そんな風に感じたことはないという。
むしろ、この道に気づかせてくれた母親に感謝していると。

「ところで、形成外科医というのは何をするのですか?」
私が聞いた。
彼女によると、大掛かりなものでは、乳がんで失った乳房を、身体の別の部位で再建したり、怪我で失くなってしまった鼻を作り直すこともあるという。文字通り、身体の一部を形成するのだ。
重症の場合は、命に関わることもある。
助けることができなかった患者のことを、何年か経ってからふと思い出し、当時のカルテを見返す事があると彼女が言った。そこにある雑談のメモを読むと、その人の顔を思い出す。あの時の判断は正しかったのか、他にできることはなかったのか。
答えのない、葛藤のようなものが渦巻くと、区切りをつけるためにも、彼女は自分に問いかけることにしている。
「私は最後まで、誠実だったか」と。
「医者というのは、場合によっては、患者さんが最後に関わる人になります。そんな人が不誠実であって良いはずはありません。仮にそこに医療の限界があったとしても、誠実さだけは、手放してはいけないと思っています。」
3年前、彼女の父親が亡くなった。
娘が医師になった事を心から喜んでいた父だった。その姿を見る事が、辛い闘病での救いになるからと、入院先に選んだのは、彼女が勤めるその病院だった。

辛い別れと、新たな命。彼女を取り巻く環境が目まぐるしく変わった。彼女は今、一時的に臨床の現場を離れ、大学院で新たな医療分野の研究をしている。子育てをしながらの勤務や研究はハードだが、同年代の女性形成外科医のロールモデルになりたいという。大学院を卒業したら、また以前と同じように現場に戻り、患者と向き合うのが楽しみだとも言った。
医者以外の選択肢は本当に無いのかと、もう一度聞いてみたが、答えは同じだった。
文・吉川武志