髙橋直也さん
大阪府済生会泉尾病院
循環器内科 副医長
その人は、カテーテルが好きな人だと聞いていた。
カテーテルといえば、血管に通す細いチューブのはずだが、そんなものが好きとはどういうことなのだろう。
自分で買うわけにもいかず、下調べもそこそこに会いに行った。彼の話を聞いて、そして話しぶりを見て、その意味がわかった。
心臓の血管が詰まった患者。
託された命を引き受けた彼。
足の付け根から入れたカテーテルをその場所へ進める。
進めながら、いくつもの選択肢が一瞬のうちに絞られていく。
たどり着き、血管を広げる。
せき止められていた血液が勢いよく流れ出す。成功。
この一連の処置の間、彼の集中力は極限まで高まる。自分が意識そのものになったようなゾーンと、その後の達成感を、彼は日々味わい尽くしているのだ。

なぜ医者に?
私が聞くと、さっきまでの真剣な表情とは打って変わって、少し照れくさそうに教えてくれた。
高校一年生も終わろうとしていた、ある春の日、彼の祖父が亡くなった。
「おじいちゃんはよく、お前は医者になれと言ってたんです。おじいちゃんが亡くなった時、じゃあ医者になろうかなと、ふと思ったんです。きっかけはその程度なんです。」
大学を出て循環器内科医となった彼は、しばらくして、カテーテルを極めたいと思った。
そのために、できるだけ多くの症例を求めて勤務先も変えた。
どうすればもっとカテーテルがうまくなるのか、そればかり考えていた。
新しい病院ではほとんど休みなく働いた。経験を得て、知識を蓄え、平静を保つ術を身につけていった。
次第に想定外の事が起こっても焦らなくなり、やがて、彼にとっての「想定外」そのものが減っていった。
「詰まった血管が通れば、それで良いと言えば良いのですが、仕上げにこだわって丁寧に処置すれば、数年後の詰まりを予防できることがあります。僕はそこまでやらないと気が済まない。いつも自分の家族を治療するくらいのつもりでやっています。」

気がつくと無意識にカテーテルの”素振り”をしているほどの現場派。
そんな彼が、意外な事を言った。
「日本のカテーテルのノウハウはとても進んでいます。これをシステム化して、世界に広げたい。」
彼によると、カテーテルはドイツで生まれたが、その後、日本でも独自に技術や仕組みが発展してきたという。世界には、こうした高度な医療の恩恵を受けられない人が多くいる。そんな国に自ら出向き、身につけた日本式の技術やノウハウを伝える事ができれば、世界の医療レベルを底上げできるはずだというのだ
そんな話を聞くと、彼のことを「カテーテルが好きな人」と呼ぶのは、いささか単純すぎる気がした。
そう口にすると、そばにいた彼の妻がすかさず言った。
「でも本当にカテーテルが好きなんです。趣味なんです。」
それを聞いて、少しほっとした。
文・吉川武志