ジャクリーン・ウォースウィックさん
あちらこちらの民家の庭先や、すぐそばを流れる神宮川沿いの桜が満開になったその日、山梨県白州の「あおぞら共和国」では、イギリス人のジャクリーン・ウォースウィックさんが、夫リチャードとともに立ち上げに深く関わった世界初のこどもホスピスについて語った。

聞いていたのは、難病の子供を持つ親、子供を亡くした親など、みな一息では語れない経験をしてきた人たちで、ジャクリーンさんもまた、長女ヘレンを亡くした母親だった。
時間の限られた子供に、家族が寄り添い続けることの意味。孤立しがちな家族を支えることの必要性。症例としてではなく、一人の個人として子供を扱うことの大切さ。

質疑の時間になり、皆、ジャクリーンさんにお礼を言ってから、少しだけ自分のことを話した。
ある女性は、子どもの病室から窓の外を見た時、あの陽だまりの中で、自分はもう笑うことはないんだなと思ったという。
子供を亡くして4年間立ち直れずにいたあと、地域で子供ホスピスを立ち上げたという人もいた。
別の参加者は、ジャクリーンさんの著書に出会えた幸運を語った。

*ジャクリーンさんたちが、英国で初となる子どもホスピスを立ち上げるまでの奮闘を記した一冊。小児科医の小口弘毅氏らが翻訳して日本で紹介した。
そのあとは交流会になった。ジャクリーンさんは、著書にサインをしたり、参加された皇族の方と言葉を交わしたりと忙しかった。参加者たちも、それぞれに語り合い、名刺を交換していた。
会議机の上には菓子が並んでいたが、手をつける人はほとんどいなかった。

そろそろ閉会という頃になり、外では少し雨が降りはじめたが、傘をさすほどではなかった。みんな名残惜しそうに笑いながら、会場を後にした。
桜が満開の日でよかったと、口々に言いながら。

文・吉川武志